第 七 話

神宮の森の中の運動会

都心の保育園である鳩の森保育園には園庭がありません。でも、近くに緑豊かな、そして季節の移ろいを堪能できるなすてきな戸外活動の場があるんですよ。そう、明治神宮です。

「自然」がうれしい神宮の森は、100年前に計画的につくられた森です。

神宮は子どもたちの毎日のお散歩先です。春、わかばが萌えたつ季節には、初々しい萌黄色の若葉の間を通り抜ける春風のやさしさを頬に感じ、子どもたちは散歩を楽しみます。芝に寝転んで、草のにおいをいっぱい感じながら友達とふざけ合ったり、虫と友達になったり。

夏の間は神宮散歩はお休みです。幼児は屋上でプール活動をします。その屋上からは線路の向こうに、こんもり茂る緑の神宮が望めます。深い緑の森では、短い夏を生きる蝉たちが、互いにその存在を主張し合うかのように大合唱が生まれます。

足元の柔らかな芝と共に、まわりの大きな緑が子どもたちをやさしく包んでくれます。

秋になると神宮は子どもたちの宝の森と化します。。ドングリがそこここにいっぱい。子どもたちはポケットにも、持っていった袋にも‥‥と、小さな手で一生懸命拾ったドングリを大事そうに抱えて園に帰ってきます。1歳児も2歳児も、精いっぱいの表現力でそのうれしさを語り、収穫物を見せてくれます。

秋の神宮の広い芝地の空間にはトンボがぶつかるほどにたくさん飛び交っています。ピョンピョンと足元でバッタが跳ねる。足元がおぼつかない1歳児が追いかけて転んで腹ばいになったら目の前にカマキリが‥‥。一方、幼児たちが大きな木陰の大きな石をひっくり返すと、いろいろな虫たちがゾロゾロ‥‥。これが大好きな子もいます。「こら、誰だ? 僕たちの家の屋根を取ってしまったのは」。小さな虫博士たちにはたまらない環境です。

神宮は子どもたちの探険の世界。冒険の世界。

寒い風が吹く冬になっても子どもたちは神宮散歩が大好きです。枯れた芝生の上でゴロゴロ転がって遊んだのでしょうか。ぬかるんだところを走り回ったのでしょうか。子どもたちが帰ってくると、玄関は泥だらけ、子どもたちの歩いたところは、玄関から廊下から、枯芝がいっぱい。どこを歩いたかがちゃんとわかるという具合です。

そして「神宮」と言えば子どもたちだけでなく親たちも職員たちも楽しみにしているのが運動会です。鳩の森保育園は園庭がないので、運動会は神宮で行うのです。地域のよしみということで、明治神宮さんのご厚意で、普段使っていない広い芝地を保育園の運動会のために貸してくださるのです。

幼い子どもたちにうれしい、おだやかでやさしい運動会場です。

一面の芝地にお花紙の花を並べ置いて大きな楕円をつくれば、トラックとフィールドの完成です。手作りの入場門を立てれば、そこはすてきな運動会場。芝地の周りに枝を伸ばした太い樹々の、その枝から枝へ、万国旗や子どもたち手作り旗をなびかせれば、森の樹々もさわさわと子どもたちに声援を送ります。

青空の下、緑の木々を渡る爽やかな風を感じながら、時にトンボも仲間入りしながら、芝地での運動会が展開します。こんなに開放感があって気持ちのよい運動会なんて、めったにないだろうな。みんなそう思って、この日を楽しみにしています。

神宮での運動会。緑の中だから、心も体ものびのび。

鳩の森保育園の運動会では、子どもたちは「荒馬」を踊るのが伝統。青森のねぶたで「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声と共に踊るあの「荒馬」です。なぜ「荒馬」なのか、その説明は長くなるのでここでは省略しますが、とにかく子どもたちは「荒馬」が大好きです。馬となって踊る子どもたちは、のどかに草を食み、気持ちよさそうに野を駆けます。本物の緑の中であるだけに、実に心地よさそう。そしてこの神宮の芝地での荒馬は、子どもたちにとっては、卒園後も特別な思い出として残っているようです。

鳩の森の運動会恒例の荒馬。